神経細胞が死んだ場所に新しい細胞が加わる仕組み

名古屋市立大学によるプレスリリース

脳内における神経細胞の再生のしくみに関する研究成果の発表について

本学医学研究科の澤本和延教授(再生医学)と同大学院生澤田雅人らの研究グループは、脳内で神経細胞が入れ替わる再生のしくみを解明しました。この成果は、米国の科学雑誌ジャーナル・オブ・ニューロサイエンスに掲載されます(米国東部時間8月10日)。

近年、成人の脳の中にも幹細胞が存在し、新しい神経細胞がつくられていることがわかってきました。しかし、古くなったり病気によって死んだりした神経細胞がどのようにして新しい神経細胞と入れ替わっているかは不明でした。今回の研究では、特殊な顕微鏡を用いて、生きた動物の脳内の神経細胞を長期間観察し続けることにより、神経細胞が死んだ場所に新しい神経細胞が加わるしくみがあること、そして、このしくみが脳の活動によって調節されていることが初めて解明されました。

このしくみは、例えば脳疾患を再生医療によって治療する方法の開発に役立つ可能性があります。

本研究は、本学及び生理学研究所(生体恒常機能発達機構研究部門)等が参加した共同研究として行われました。

<内容の詳細>

背景

近年の研究により、成人の脳にも幹細胞が存在して、神経細胞を再生していることが明らかになってきました。これまでの研究方法では、死後脳を解析していたため、脳内でどのように神経細胞が入れ替わり、再生されるのかは不明でした。また、神経細胞の再生と脳の活動の関係については、ほとんどわかっていませんでした。今回我々は、生きた動物で神経細胞を長期間観察する技術を使って、神経細胞の再生のしくみと脳の活動の関係について詳しく調べました。

研究手法

脳内で匂いの情報処理に関わる嗅球と呼ばれる部位では、活発に神経細胞が再生することが知られています。今回我々は、生理学研究所鍋倉淳一教授らとの共同研究によって、生きたまま脳の中の神経細胞を観察することができる「二光子顕微鏡」という特殊な顕微鏡を使い、嗅球の神経細胞を2ヶ月にわたって繰り返し観察し続けました。その結果、古い神経細胞が死んだり、新しい神経細胞が神経回路に加わったりする様子を捉えることに成功しました。また、レーザーを用いて狙った神経細胞を殺すと、同じ場所に新しい神経細胞が再生されることを見出しました。さらに、マウスの鼻に栓を挿入して匂いの情報を遮断し、脳への刺激を失わせると、同じ場所での神経細胞の再生は起こらなくなることが分かりました。

結論

脳内で神経細胞が死んだ場所に新しい神経細胞が加わるしくみが存在し、そのしくみは脳の活動によって調節されていることが初めて解明されました。

医療への応用の可能性

我々のこれまでの研究により、脳内の幹細胞から産生される新しい神経細胞は、脳梗塞等の疾患で多くの神経細胞が死滅すると、その領域へと移動し、神経細胞の一部を再生することがわかってきました。しかし、その再生効率が低いため、脳の機能は十分に回復しません。今回明らかになったしくみを応用して失われた神経細胞の再生効率を高めることができれば、脳疾患の治療に役立つ可能性があります。また、脳の活動によって新しい神経細胞が加わるしくみを解明することで、傷害後のリハビリテーション法の向上や、iPS細胞などを用いた再生医療に貢献する可能性があります。

<掲載される論文の詳細>

掲載誌:Journal of Neuroscience、第31巻、11587−11596ページ

題名:Sensory input regulates spatial and subtype-specific patterns of neuronal turnover in the adult olfactory bulb

著者:澤田雅人(名古屋市立大)、金子奈穂子(名古屋市立大)、稲田浩之(生理学研究所)、和氣弘明(生理学研究所)、加藤康子(名古屋市立大)、柳川右千夫(群馬大)、小林和人(福島医科大)、根本知己(北海道大)、鍋倉淳一(生理学研究所)、澤本和延(名古屋市立大)

新生ニューロンがアストロサイトにトンネルを形成させながら移動するメカニズム(Neuron誌へ掲載)

Featured Article

New Neurons Clear the Path of Astrocytic Processes for Their Rapid Migration in the Adult Brain.

Kaneko N, Marín O, Koike M, Hirota Y, Uchiyama Y, Wu JY, Lu Q, Tessier-Lavigne M, Alvarez-Buylla A, Okano H, Rubenstein JL, Sawamoto K.

FULL TEXT Neuron. 2010 Jul 29;67(2):213-223.

PREVIEW in Neuron:?Going Tubular in the Rostral Migratory Stream: Neurons Remodel Astrocyte Tubes to Promote Directional Migration in the Adult Brain

Research Highlights in Nature:Tunnelling brain cells

Research Highlights in Nature Reviews Neuroscience: Neuron-Glia Interactions A tunnel signal

名古屋市立大学によるプレスリリース

名古屋市立大学医学研究科・澤本和延教授と金子奈穂子助教らの研究グループ(再生医学)は、脳内でつくられる新しい神経細胞が長距離を高速度で移動するしくみを解明しました。この成果は、米国の科学雑誌Neuronに掲載されます。

近年、大人の脳の中にも幹細胞が存在し、新しい神経細胞がつくられていることがわかってきました。そのような神経細胞が脳で働くためには、つくられた場所から遠く離れた場所へ移動しなければなりません。たくさんの細胞が密集している脳の中を、どのようにして神経細胞が移動するのかは、これまで不明でした。今回の研究により、新しい神経細胞が周囲の細胞を押し分けてトンネル状の通り道をつくるしくみによって、長距離を高速度で移動できることが初めて解明されました。

このしくみは、例えば脳梗塞や脳室周囲白質軟化症などの脳疾患を再生医療によって治療する方法の開発に役立つ可能性があります。

本研究は、本学の他、順天堂大学、慶應義塾大学、ミグエルヘルナンデス大学(スペイン)、ノースウエスタン大学(米国)、シティオブホープ医学研究所(米国)、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)、ジェネンテック社(米国)が参加した国際共同研究です。

背景:近年の研究により、成人の脳にも幹細胞が存在して、新しい神経細胞(ニューロン)をつくり続けていることが明らかになってきました。脳の内部にある側脳室の壁に沿って存在する「脳室下帯」と呼ばれる部分は、脳内で最も活発にニューロンがつくられている場所です。この脳室下帯でつくられた神経細胞は、脳の前方まで長距離を移動して、嗅覚に関連したさまざまな機能を担う細胞へと成熟します。また脳梗塞などの疾患によってたくさんの脳細胞が死滅すると、傷害を受けた部位に移動してニューロンの一部を再生します。しかし、脳は細胞や線維が密集した組織であり、これらのニューロンがその中をどのようにして遠くまで移動しているのか、そのしくみは分かっていませんでした。今回我々は、ニューロンがアストロサイトという別の種類の細胞がつくるトンネルの中を通ることに着目して、そのしくみを詳しく調べました。

研究手法:細胞移動の調節に関わるSLITタンパク質をコードする遺伝子を欠失したマウスの脳を解析したところ、脳室下帯からのニューロンの移動速度が低下し、トンネルを形成するアストロサイトの形が不規則になっていることがわかりました。SLITタンパク質の受容体であるROBOの分布を調べたところ、トンネルを形成しているアストロサイトに局在していました。様々な培養法を使って、細胞の形の変化や移動する様子を詳細に解析したところ、ニューロンが分泌するSLITがアストロサイトの表面に存在するROBOに結合すると、アストロサイトが引っ込んで脳内にトンネル構造がつくられることがわかりました。

結論:移動するニューロンがSLITタンパク質を分泌することにより周囲のアストロサイトに働きかけ、自らの高速移動のためのトンネルの整備を行うという新しいメカニズムが明らかになりました。

医療への応用の可能性:脳内におけるニューロンの移動をコントロールして目的の部位に効率よく到達させることが可能になれば、現在は治療の難しい脳の病気、例えば脳梗塞や脳室周囲白質軟化症・神経変性疾患などを、私たち自身が持っている再生能力を活用し「再生医療」によって治療する方法の開発に役立つ可能性があります。また、iPS細胞を使って作成した神経細胞を移植する再生医療においても、移植後の細胞の移動をコントロールすることが重要と考えられます。

脳梗塞モデルにおける血管に沿った再生ニューロンの移動に関する新しい論文

Subventricular Zone-Derived Neural Progenitor Cells Migrate Along a Blood Vessel Scaffold Toward the Post-Stroke Striatum

Kojima T, Hirota Y, Ema M, Takahashi S, Miyoshi I, Okano H, Sawamoto K.

The subventricular zone (SVZ) of the adult brain contains neural stem cells that have the capacity to regenerate new neurons after various insults. Brain ischemia causes damage to brain tissue and induces neural regeneration together with angiogenesis. We previously reported that, after ischemic injury in mice, SVZ-derived neural progenitor cells (NPCs) migrate into the striatum, and these NPCs are frequently associated with blood vessels in the regenerating brain tissue. Here we studied the role of blood vessels during the neural regeneration in more detail. BrdU administration experiments revealed that newly generated NPCs were associated with both newly formed and pre-existing blood vessels in the ischemic striatum, suggesting that the angiogenic environment is not essential for the neuron-blood-vessel interaction. To observe migrating NPCs and blood vessels simultaneously in damaged brain tissue, we performed live imaging of cultured brain slices after ischemic injury. In this system, we virally labeled SVZ-derived NPCs in Flk1-EGFP knock-in mice, in which the blood vessels are labeled with EGFP. Our results provide direct evidence that SVZ-derived NPCs migrate along blood vessels from the SVZ toward the ischemic region of the striatum. The leading process of the migrating NPCs was closely associated with blood vessels, suggesting that this interaction provides directional guidance to the NPCs. These findings suggest that blood vessels play an important role as a scaffold for NPCs migration toward the damaged brain region.

Stem Cells 2010 Jan 13. [Epub ahead of print]

Full Text (open access)

New review paper

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Huang, S., Hirota, Y. and Sawamoto, K. (2009).Various facets of vertebrate cilia: motility, signaling, and role in adult neurogenesis. Proc Jpn Acad Ser B 85: 324-336.

Cover illustration

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表紙のイラスト:マウス成体脳室下帯におけるニューロンの産生

脳室下帯の神経幹細胞(青)が産生するニューロン(赤)は嗅球へ移動して成熟する。
Kaneko, N and Sawamoto, K. (2009)
Adult neurogenesis and its alteration under pathological conditions
Neurosci. Res. 63: 155-164. (REVIEW ARTICLE)

【博士課程・修士課程の大学院生として研究に参加できます。】
学位論文のテーマとしては、例えば以下のような課題があります。
・げっ歯類・霊長類の成体脳室下帯におけるニューロン新生・移動メカニズムの解析
・感覚入力による成体嗅球ニューロン産生の制御機構の解析
・脳室上衣細胞の成熟と繊毛運動による液流発生のメカニズムと意義の解明
・ゼブラフィッシュの遺伝学的手法を用いたニューロン新生メカニズムの解明
・虚血性疾患モデルにおける神経再生メカニズムの解明と治療法の開発

問いあわせ:sawamoto@med.nagoya-cu.ac.jpまで。研究室見学も可能です。

生後脳の新生ニューロンの移動に関する新しい論文が掲載されました。

The Journal of Neuroscience, November 21, 2007, 27(47):12829-12838

Cyclin-Dependent Kinase 5 Is Required for Control of Neuroblast Migration in the Postnatal Subventricular Zone

Yuki Hirota, Toshio Ohshima, Naoko Kaneko, Makiko Ikeda, Takuji Iwasato, Ashok B. Kulkarni, Katsuhiko Mikoshiba, Hideyuki Okano, and Kazunobu Sawamoto

At the lateral wall of the lateral ventricles in the adult rodent brain, neuroblasts form an extensive network of elongated cell aggregates called chains in the subventricular zone and migrate toward the olfactory bulb. The molecular mechanisms regulating this migration of neuroblasts are essentially unknown. Here, we report a novel role for cyclin-dependent kinase 5 (Cdk5), a neuronal protein kinase, in this process. Using in vitro and in vivo conditional knock-out experiments, we found that Cdk5 deletion impaired the chain formation, speed, directionality, and leading process extension of the neuroblasts in a cell-autonomous manner. These findings suggest that Cdk5 plays an important role in neuroblast migration in the postnatal subventricular zone.

Key words: Cdk5; neuroblast; migration; subventricular zone; rostral migratory stream; postnatal neurogenesis

成体神経前駆細胞の増殖シグナルに関する新しい論文を発表

Stem Cells. 2007 Aug 2; PMID: 17673525

β-catenin signaling promotes proliferation of progenitor cells in the adult mouse subventricular zone

Kazuhide Adachi, Zaman Mirzadeh, Masanori Sakaguchi, Toru Yamashita, Tania Nikolcheva, Yukiko Gotoh, Gary Peltz, Leyi Gong, Takeshi Kawase, Arturo Alvarez-Buylla, Hideyuki Okano, Kazunobu Sawamoto

Abstract

The subventricular zone (SVZ) is the largest germinal zone in the mature rodent brain, and it continuously produces young neurons that migrate to the olfactory bulb. Neural stem cells in this region generate migratory neuroblasts via highly proliferative transit-amplifying cells. The Wnt/β-catenin signaling pathway partially regulates the proliferation and neuronal differentiation of neural progenitor cells in the embryonic brain. Here, we studied the role of beta-catenin signaling in the adult mouse SVZ. β-catenin-dependent expression of a destabilized form of green fluorescent protein was detected in progenitor cells in the adult SVZ of Axin2-d2EGFP reporter mice. Retrovirus-mediated expression of a stabilized β-catenin promoted the proliferation of Mash1+ cells and inhibited their differentiation into neuroblasts. Conversely, the expression of Dkk1, an inhibitor of Wnt signaling, reduced the proliferation of Mash1+ cells. In addition, an inhibitor of GSK3 promoted the proliferation of Mash1+ cells, and increased the number of new neurons in the olfactory bulb 14 days later. These results suggest that β-catenin signaling plays a role in the proliferation of progenitor cells in the SVZ of the adult mouse brain.

Key Words. β-catenin, neurogenesis, cell proliferation, subventricular zone, olfactory bulb, Mash1