新生児脳の白質傷害に対する再生医療に関する研究成果の発表についてプレスリリースを発表しました。
名古屋市立大学によるプレスリリース
本学医学研究科の澤本和延教授(再生医学)と加古英介助教(麻酔・危機管理医学)らの研究グループは、新生児脳の白質傷害モデルマウスを使った実験により、オリゴデンドロサイトという脳の細胞の再生を促進することに成功しました。この成果は、米国の科学雑誌ステムセルズに掲載されます(米国東部時間8月13日)。
新生児期の脳では、血流や酸素供給が不足すると、神経の繊維が集まっている白質と呼ばれる部分が傷害を受けて、小児麻痺や痙攣などを引き起こすことが知られています。現在、この病気が起こったあとに有効な治療法は知られていません。今回の研究では、特殊なマウスを用いて、白質が傷害を受けた時のオリゴデンドロサイトという細胞の再生のしくみを明らかにしました。さらに、アシアロエリスロポエチンというたんぱく質を投与することで、脳内に存在する幹細胞からつくられる新しいオリゴデンドロサイトの成熟・再生を促進し、歩行機能を改善させることに成功しました。
この方法は、脳室周囲白質軟化症などの新生児白質傷害に対する再生医療に役立つ可能性があります。
本研究は、本学と生理学研究所(愛知県岡崎市)の共同研究として行われました。
<内容の詳細>
背景
近年の研究により、脳内の「脳室」と呼ばれる部分の近くに幹細胞が存在し、脳の細胞を再生していることが明らかになってきました。また、こうした幹細胞の再生能力は、大人よりも子どもの方が高いことが知られています。しかし、新生児に一旦、白質傷害とよばれる脳傷害が起こってしまうとその後の再生が十分に起こらず、麻痺・痙攣等の症状が一生残ってしまうことが多く、その理由は不明でした。
このような疾患において、白質を通る神経の繊維を取り囲み神経の情報伝達において重要な役割を果たしている「オリゴデンドロサイト」という細胞が傷害を受けやすいことが知られていました。従って、オリゴデンドロサイトを再生させることができれば、白質傷害の治療に役立つと考えられます。本研究では、脳室の近くに存在する未熟なオリゴデンドロサイトから白質組織が再生されるしくみを詳しく調べ、マウスに薬剤を投与して再生を促進することができるかを調べました。
?研究手法
生後5日のマウスに対して、脳を流れる血液を減少させる手術を行い、酸素が薄い環境で飼育することによって、新生児白質傷害の動物モデルを作製しました。オリゴデンドロサイトだけが光る遺伝子改変マウスを用いて、傷害後に未熟なオリゴデンドロサイトがどのように白質を形成するかを調べました。その結果、脳室の周りや傷害された白質において、多くの未熟なオリゴデンドロサイトが増殖しているのにも関わらず、時間がたってもその大部分が正常な細胞に成熟できないことを発見しました。従って、これらの未熟なオリゴデンドロサイトを成熟させることができれば、白質の再生を促進することができると考えられます。
そこで、未熟なオリゴデンドロサイトの成熟を促進するために、細胞成熟効果を持つアシアロエリスロポエチンというタンパク質をマウスに投与しました。傷害が起こり始めた後にアシアロエリスロポエチンを投与し、脳の細胞を顕微鏡で解析したところ、治療を開始したマウスでは徐々に細胞の成熟が促進されて、2週間後には正常な部分と同程度まで改善することがわかりました(図)。さらに成体マウスとなった時点で脳の構造や機能を解析したところ、アシアロエリスロポエチンで治療したマウスでは白質組織の再生が促進されており、歩行機能も正常近くまで改善していました。
結論
新生児における白質傷害の後の脳において、脳室の周囲で生まれたオリゴデンドロサイトが未熟なままとどまっていることを明らかにしました。さらに、アシアロエリスロポエチンを投与することによって、これらの細胞を成熟させて、白質の再生を促進することに成功しました。
医療への応用の可能性
今回使用したアシアロエリスロポエチンは、貧血などの患者によく使われるエリスロポエチンの構造を変化させた薬剤であり、人体に対する安全性が高いと考えられています。また、今回の実験結果は、脳にダメージが起こって数日後に投与を開始しても脳組織を再生できるという可能性を示しており、現在治療法がない脳疾患の再生医療に役立つ可能性があります。
?<掲載される論文の詳細>
題名:Subventricular zone-derived oligodendrogenesis in injured neonatal white-matter in mice enhanced by a nonerythropoietic EPO derivative.
著者:加古英介(名古屋市立大)、金子奈穂子(名古屋市立大)、青山峰芳(名古屋市立大学)、飛田秀樹(名古屋市立大)、竹林浩秀(生理学研究所)、池中一裕(生理学研究所)、浅井清文(名古屋市立大学)、戸苅創(名古屋市立大)、祖父江和哉(名古屋市立大学)、澤本和延(名古屋市立大)
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