脳傷害後の神経再生を促す超分子バイオマテリアル
Yuya Ohno*, Chikako Nakajima*, Itsuki Ajioka, Takahiro Muraoka, Atsuya Yaguchi, Teppei Fujioka, Saori Akimoto, Misaki Matsuo, Ahmed Lotfy, Sayuri Nakamura, Vicente Herranz-Pérez, José Manuel García-Verdugo, Noriyuki Matsukawa, Naoko Kaneko#, Kazunobu Sawamoto#. (*equal contribution)(#co-correspondence)
Amphiphilic peptide-tagged N-cadherin forms radial glial-like fibers that enhance neuronal migration in injured brain and promote sensorimotor recovery
Biomaterials 294, 122003(2023).
成体哺乳類の脳では特定の領域で内因性の神経幹細胞から新しく神経細胞が産生され続け、脳の傷害時には、新生ニューロンは傷害部位へ移動し、損傷により失われたニューロンを補うことで脳の再生に寄与します。しかし、効率的な移動に必要な足場となる細胞が少ないこともあり、十分な機能回復には至りません。当研究室では、これまでに新生ニューロンの移動を促進することで神経機能が回復することを発見し、足場となり新生ニューロンの移動をサポートするバイオマテリアルを用いた研究を行ってきました。
この論文では、内因性の足場となる細胞の機能と構造を模倣し、低侵襲で移植可能なバイオマテリアルを作成するため、脳に注入後自己集合し、柔らかいハイドロゲルを形成するバイオマテリアル[(RADA)3-(RADG)] (以下mRADA)とmRADAハイドロゲルに新生ニューロンの移動に関わる細胞接着分子N-カドヘリンの細胞外領域全体を安定的に組み込んだNcad-mRADAハイドロゲルを開発しました。Ncad-mRADAハイドロゲルは、新生仔と成体マウスにおいて、新生ニューロンの傷害部位へ移動を促進する足場として機能し、様々な傷害部位の広範な領域で再生されるニューロンを増やし、さらに新生仔マウスでは機能回復に成功しました。
今回使用したバイオマテリアルを作成する技術を用いて、他の様々な因子を安定してバイオマテリアル内に保持することが可能であり、液性の誘因因子を組み合わせることで直接接していない細胞にも作用するなどさらに効果的なバイオマテリアルを作成することが出来る可能性があり、今後様々な応用が期待されます。
私は2008年医学部の学生の時に基礎配属という授業の一環で、当ラボで研究させて頂きました。入学時から基礎研究に興味はあったものの全く経験の無かった私に、指導教官の金子先生を始め、ラボの先生方が非常に丁寧にご指導下さり、基礎研究の面白さと、基礎配属優秀賞受賞という達成感を経験させて頂くことが出来ました。このような経験から、その後臨床医としてしばらく研究から離れた後の大学院進学の際、希望させて頂いた神経発達再生医学で研究させて頂くことが出来、とてもうれしく感じました。
実際の大学院生の生活は、いろいろな意味で予想を上回るものでした。短期間の基礎配属の時と比べものにならない程、非常に深く興味深い内容に携わらせて頂きましたが、当然ながら必要な時間・労力もまた比べ物にならない程大きなもので、特に学生とは異なり臨床業務を行いながらの研究は、想像以上に困難なものでした。
特に実験手技において、モデル動物作成の際、脳梗塞のサイズやマテリアルを注入する部位などを再現性をもって行うことは困難の連続でした。また、書籍やホームページ上では一見簡単なように記載されている行動解析では、対象が生物であるが故に当然ながら思うようには行動してくれず、マウスが、一切動かない、数秒おきに隙間から逃げようとする、マナーパンツを履かせたくなるくらい頻回に記録しているカメラの真上でおもらしするなど、未明に一人その後始末をしていると動物センター内で何度も世を儚みそうになった記憶が蘇ります。
しかし、そのような苦労から得られた個々のデータがまとまって次第に形をなし、一つの帰結に向かっていく過程や、最終的に完成した論文がAcceptされた時の達成感は、他に代え難いものがありました。また、複数のデータを論文としてまとめ、Reviewerからの御指摘を組み込んで補強していく手法など、とても貴重な勉強をさせて頂きました。
最後になりますが、ご指導下さいました澤本先生、中嶋先生をはじめ神経発達再生医学の先生方、当初直属でご指導下さり、同志社大学に移動後も引き続きご指導下さった金子先生、神経内科学でご指導下さった松川先生、藤岡先生、並びに共同研究者の方々に心より感謝申し上げます。