神経幹細胞の維持における出生の意義
Kawase K*, Nakamura Y*, Wolbeck L*, Takemura S*, Zaitsu K, Ando T, Jinnou H, Sawada M, Nakajima C, Rydbirk R, Gokenya S, Ito A, Fujiyama H, Saito A, Iguchi A, Kratimenos P, Ishibashi N, Gallo V, Iwata O, Saitoh S, Khodosevich K, Sawamoto K. (*equal contribution)
Significance of birth in the maintenance of quiescent neural stem cells.
Sci Adv. 11(4):eadn6377 (2025)
「出生」は生体にとって最大のライフイベントです。子宮内から子宮外へと環境が変化することによって、生体にはさまざまな代謝変動が引き起こされます。しかし、「出生」というイベントが生体の発達過程においてどのような意義をもつのか、その多くは謎に包まれたままです。本研究では、出生によって引き起こされるグルタミン代謝変動によって、胎児期の神経経幹細胞である放射状グリア細胞が静止的な状態を獲得し、生後の神経幹細胞としての長期間の維持が可能になることを明らかにしました。早産で出生すると、このプロセスが障害され、放射状グリア細胞が一時的に過剰に活性化することを見出しました。この結果、早産では神経幹細胞が枯渇し、生後のニューロン新生が低下することがわかりました。
私は小児科の先輩である神農英雄先生に続き、大学院生として2015年に澤本研に入門しました。研究テーマが与えられるわけではなく、新生児科医である私と、脳科学者である澤本先生とがともに共鳴するテーマをひたすら考える日々が続きました。その結果、「出生」というキーワードに辿りついたときには大学院3年生となっていました。そこからも、出口の見えない日々が続き、いつしか大学院生活も終了、臨床現場に戻りながら研究を継続する日々に突入しました。そのような状況のなか、多くの皆さまの協力のもと、なんとかアクセプトまで辿りつくことができました。
澤本先生には研究の成果が一向に出ない苦しい時期にも、つねに何か新しい発見につながるヒントを見出せないか、というポジティブな視点でディスカッションしていただきました。研究生活で一番思い出に残っているのは、ある日のノートチェックで「“出生”って生命の進化(水中から外に出る)と同じだ!」と、みんなで興奮したことです。添付のイラストは、この興奮を表現したものです。論文中でも考察として記していますので、ぜひご一読いただければ幸いです。澤本研究室で得られた知見を、臨床に還元していくことが私の役目だと感じています。これからも澤本研の皆さまと協働して、研究を続けていきたいと考えています。最後になりましたが、澤本先生をはじめ、共著の先生方、研究生活を支えていただいたすべての皆さまに、この場を借りて感謝申し上げます。(川瀬恒哉)